2013年09月05日

苦役列車   西村賢太

今回は西村賢太さんの「苦役列車」を読みました。
とても感激したので、いつにも増して私情たっぷりに記事を書いてみたいと思います。


苦役列車


ルサンチマンというシンパシー


卑屈な文章になってしまわぬように、最大限の配慮をしたつもりですが、どうも今回は自信がありません。
どうしてもこのテーマで文章を書きたかったのですが、一部の人は不愉快な思いをするかもしれません。

人にはこの世に生まれたその瞬間から、何らかの明確な”差”があります。
何等かに特化した才能の有無、容姿の美醜、親の経済力の差異、或は先天性の病気の有無などがそれに当たります。
なので、当然の事ながら誰かが一生掛けて努力した対価として受け取るものを、生れたその瞬間から持っている人もいるわけです。

この世で成功者なさった人の中には、自分が努力で相応の結果を得たに過ぎないと考えている人がいるようで、

「夢を持ちなさい。夢を信じて努力すれば全てかなうでしょう」

などという人がいます。
しかし、この論の正当性を立証する上で、無粋であるとは重々承知ですが、避けては通れぬ以下のような現実問題を考察しなければなりません。

①「境遇」の個人差。
才能、或は生まれた環境が自分の夢をかなえるために適した環境であるかという差。

②「認識」の個人差。 
たとえば自分で「俺は努力した!頑張った!」と認識するために必要な努力量の差。
更にそういったものを他人や仲間…という相対的な部分で補い、また培っていくのも
夢を叶える術だとするなら「自分の周りにいる人の能力」というものも個人差として結果に反映されてくる筈です。

③「夢」の個人差。  
夢が何らかの職業なのだと仮定するなら、その一線で活躍している人の総数、需要も、
個人個人が希望する職業によって異なる以上、その値によっても個人差が発生します。

あくまで私見ですが、如何な統計論を用いても、ここを明瞭に数値化することは非常に困難であり、
ましてや、「努力で絶対に叶います!」などという結論は、若者の人生を左右させる正当性に欠いた論ではないと考えています。

僕が、面白くもなんともない狭隘な自分の人生しか体験していないのと同じように、成功者たちも自分の人生しか体験しておらず、また知り得ないのです。
だから、各々には自分が観察し、解釈した異なる世界があるわけです。
その各々の世界。ある人の世界では、努力で何事も成し遂げられるのかもしれませんが、他の人の世界では、それが叶わない、どうしても。

「私は努力しました。しかし、無理なものは無理なんです。」

そうして絶望の淵で誰かが悲叫する時、「努力で何でも手に入れられる」世界で生きてきた成功者たちは思うのかもしれません。

「それは違う。無理なのはお前は根性が足りないだけだ」と、

努力=成功、怠惰=失敗 世の中がそんな単純な機構で構成されているようなものではないことを
そういった人たちに理解していただけるような要諦や論調を僕は知りません。恐らくきっといつまでも。

でもただ搾取され生きていくには、今の世は不幸が多すぎるし、何より経済的にも苦しい生活が茫漠と続く。
なので、成功しないと解っていても

「…はい、ごめんなさい。頑張って生きていこうと思います」

とそう答えて、また碌々な日々に身を委ねるしかないのです。

だから僕は、夢は信じたら叶う…などというようなこと信じることはしたくないし、ましてや口が裂けても言いたくもない。
だけど、だからといってこの世の何もかもに絶望して、ただ何もしないで部屋に閉じこもったり、自ら命を絶つようなことはもっとしたくない。
前にも後ろにも、右にも左にも、何処に進もうが、自分の望むものは何もない。それが僕のこの世界の認識であり、僕のルサンチマンでもあります。

すいません。やはり卑屈な文章になってしまいました。
でも僕がこの小説を読んで感じた感激を、このブログに載せるに当たってどうしてもこのことは書いておきたかったのです。


しかしそれでも希望の声に耳を塞いではならない!



ジョルジュ・サンド

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19世紀に活躍した著名な田園小説作家ジョルジュサンドは代表作、
「プチットファデット」の端書きにおいて、

「芸術家の使命は、柔和や信頼や友情を顕揚して、
清浄な風習や、優しい感情や、昔ながらの心の正しさなどが
まだこの世のものであり、もしくはあり得るということを、
或は心を荒ませ或は力をおとしている人々に思い出させてやることである」


という金言を残しました。

確かに世の中は理不尽と悲愴に満ちています。
しかしそれでも怨嗟に囚われて人を傷つけたり、自らの生命や生活を
濫りに貶めることは決してしてはならず、サンドのような精神を持つ
真の表現者が語る希望や、人の心を実直に癒そうとする言葉や歌の声には
耳を傾け続け続けなければなりません。
何故ならその恩恵を受ける権利は何者にも等しく存在しているはずだからです。



徒労のエンターテインメント




老人と海

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ヘミングウェイの代表作、「老人と海」の翻訳を行った京都産業大学教授の
福田恆存氏は精力の濫費とも言える登場人物の自然主義的な振る舞いや
それによってもたらされるトラジディーな結末が散見される作品群を
「徒労のエンターテインメント」とユニークな言葉で表現しておられ、
特にアメリカ文学史に於いてはビートジェネレーション
やロストジェネレーション世代の作品に多く見られます。
キャッチャーインザライも勿論そうですしS・フィッツジェラルドの代表作
「グレートギャツビー」も、主人公ギャツビーの結末を鑑みるに上記に
類される作品の一つと言えるかもしれません。
「老人と海」に関してもサンチャゴには意志を受け継ぐ純朴な少年が
いるとはいえ、カジキは鮫に盗食されたわけですから
結局は同類かもしれません(短絡的な解釈ですが)
そして本作「苦役列車」もある意味に於いてはそういった
「徒労のエンターテインメント」の作品に類するのでは…と私的には解釈しています。
これらの作品の必要性、芸術性は非常に高いものですが、本作も素晴らしい作品ですが、
愛読書…というパーソナリティーとして提示するなら前述通り僕はサンドの芸術観を
体現する作家を挙げたい…という飽く迄、私的な考えはあります。


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