2012年02月06日

武士道  新渡戸稲造

さて、今回は「あらゆる事柄に於いて自らを強く律する」という今の僕と真逆の武士道精神を
諸外国の人々に啓蒙した新渡戸稲造の代表作について書きたいと思います。

武士道


武士道の道徳体系を形成する本来善。



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引用が非常に多い…という意味では以前レビューを書かせて頂いた
サミュエル・スマイルズの「自助論」に近い重量感を伴った
説得力がある一冊で、著者の高い教養が矢庭に窺えます。
題材が題材なだけに本書より三十年ほど前に書かれた
有名な福沢諭吉の「学問のすすめ」などと同様、
グローバリズムのなかに一部民族主義的な切り口の論調も多少窺えますが、
前述の引用の多さも含めて、流石は同氏を国際連盟事務次長に
押し上げた一助たる広い見識を持って書かれた稀有な本であると思います。


さて、私的に興味深かったのは武士道の道徳体系を形成する源泉として、
新渡戸は「人の心の本来善」というものに非常にウエイトを置いた
論理を展開しているように感じられた点でしょうか。
神道の神学に於いて原罪の教義がないということを、
日本の神社に掲げられた素鏡の深遠が
古代ギリシアのポーキス地方にあった都市国家、デルポイに建てたれた
神殿入口に掲げられていた三つの格言の一つ

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γνῶθι σεαυτόν (汝自身を知れ)

と符合し帰結するものであるとする考察も、自らが唱える、
人は自らを律することで真の賢人たりうることができるという
本来善の哲学の証左として挙げています。
そして何より自らを律するために武士道というものが、
「その表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花」として息づいていたわけであります。
なお、著者が敬虔なキリスト教徒であったという事を鑑み、
宗教学的な境地から考察すれば知恵の樹から、その実をとって食べた
アダムとイヴの原罪を人が脈々と受け継いでいるとする教理と
相反するかもしれませんが、深い憐れみや慈しみといった
感情を持つ神に似せて人が創られた…
とする創世記の記述に照らし合わせれば、或は理解できるかもしれません。
哲学的な観点から言えば、先天的に備わる人の理性に重きを置く姿勢は、
純粋実践理性を慫慂するイマヌエル・カントの代表著書「道徳形而上学言論」で
示されるア・プリオリの考えに近いものも感じられますでしょうか。





死を軽んじてはならない。


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J.D.サリンジャーの代表作キャッチャーインザライには以下のような句が出てきます。

" The mark of the immature man is that he wants to die nobly for a cause,
  while the mark of the mature man is that he wants to live humbly for one "

(未熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。
これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある)


これは新渡戸が本文中で力説している武士が持つ名誉死の
観念に見られる死生観、つまり切腹などの死に対する盲目的な
賛美や謳歌を否定する哲学に則しています。

同氏が、「軌を一にせる語」と称して本文中で引用した
トマス・ブラウンの「医道宗教」の一説、

" 死を軽んずるは勇気の行為である。
 しかしながら生が死よりもなお恐ろしき場合には、
 あえて生くることこそ真の勇気である "


というのもサリンジャーが定義する「理想」とトマス・ブラウンが定義する
「死よりも恐ろしき生」が同義であるのか…という反駁もあるのでしょうが、
私的に、理想の成就には苦境は避けて通れないものだと思っているので、
時として死よりも恐ろしき生が存在する筈だと認識しています。
前述通り、新渡戸はクリスチャンですから「我がため己が生命を失う者はこれを救わず」
という聖書の句からもこういった哲学を敷衍しているとも言えます。
いずれにしても、本書中で引用される家康を暗殺しようとして捕えられ、
結果的に切腹を申し付けられた一族の兄が、八歳の末弟に腹の切り方を教える
くだりに至っては、その行為の異常さといったら荒唐無稽も甚だしく、
辟易千万といったような感慨が少なからず沸き起こり、かなりの違和感を感じる次第です。
武士社会の階級制度が、習うべきヨーロッパ先進各国の民主主義の基本原理に叛くと
抵抗した当時の福沢諭吉の論と多少符合する部分を感じるでしょうか。
盲目的な権威の保護みたいなものを感じます(ゆとりが何言ってんだって話ですが 笑)


キリスト教と武士道。



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司馬遼太郎氏の代表作 「坂の上の雲」 第二巻の頭には、
小村寿太郎の逸話が数多く記述されていますが、その中でも取り分け印象的なのが、
当時アメリカで彼が出会ったハーディ
(アーサー・シャバーン・ハーディーであると思われる)という人物に、

「新島(襄)は京都で学校をひらいたという。
私はかれのキリスト教主義による日本人教育が成功することを祈っている」


といわれると現下に 「祈っても無理ですな。日本では成功しませんよ」
と断言した…という逸話です。  ハーディがその理由を尋ねると、

「日本の文化と歴史が邪魔をするでしょう。あなたがたアメリカ人は、
日本をフィリピンかハワイのようにおもっているらしい。
そういう土地に対してならキリスト教の伝道は大いに浸透するが、
日本はキリスト教文明とは別系列にして
しかも堂々たる文明とその伝統をもってきている。
日本人は西洋の技術はまなぶが、しかしそれに付帯するキリスト教文化というものについては
容易にゆるすまいし、したがって新島襄の事業はあなたが期待するほどには成功しないでしょう」


と説明したとされています。 (坂の上の雲 第二巻 "日清戦争" 三十三頁 文集文庫版より)

これは本書第十六章 「武士道はなお生くるか」 に記された
キリスト教伝道事業の失敗に関する新渡戸の見解と酷似しています。
彼は当時の日本に於けるキリスト教伝道事業失敗の一原因は、
宣教師の大半が日本の歴史に全然無知なることにある…とした上で、

「アメリカ的もしくはイギリス的形式のキリスト教──キリストの恩寵と純粋よりも
むしろより多くの恣意的妄想を含むキリスト教──は、
武士道の幹に接木するには貧弱なる芽である。
新信仰の伝道者たる者は幹、根、枝を全部根こそぎにして、
福音の種子を荒地に播くことをなすべきであるか?
かくのごとき英雄的方法は──ハワイでは可能であるかも知れぬ。
(中略)しかしながらかかる方法は日本においては
全く断じて不可能である──否、それはイエスご自身が地上に
彼の王国を建つるにおいて決して採用し給わざるべき方法である。」


と主張しています。 (武士道 "武士道はなお生くるか" 百四十頁 岩波文庫版より)

小村の「西洋の技術はまなぶが、しかしそれに付帯する
キリスト教文化というものについては容易にゆるすまいし」という
論調や、新渡戸のグローバリズム溢れる知識から導き出された上述の見解からも、
「西洋列強諸国から必要な技術、知識は学ぶ。
しかし我々は彼らの奴隷になったわけではなく、あくまで主権を主張する。」
という司馬氏のいう "明治という時代人の体質"のようなものが垣間見れます。
さらに前述の小村の論 「堂々たる文明とその伝統」 が
新渡戸の主張する「武士道」とも全く無関係ではなく、
親和性の高い認識であったとも推測できる…とするなら、外交に精通した
両権威者のキリスト教文化に対する認識には近しいもののように感じられます。


プロテスタンティズムの倫理と武士道。



プロ倫

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かなり話が湾曲する上に、これは僕の勝手な推測なのですが、
ヨーロッパ諸国において、営利の追求を敵視するピュータニズムの経済倫理が
近代資本主義の誕生に貢献したという逆説を究明したウエーバーの世界的論文
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の内容に則して考えるなら、
かの地で資本主義と勤勉勤労が敬われる道徳体型を形成した
理屈は理解できるのですが、プロテスタンティズムが、
1859年5月に米国聖公会ジョン・リギンズ (John Liggins) 、
同年6月にチャニング・ウィリアムズが宣教師として初めて来日するまで無かった日本、
更にはそれ以降にも国民の思想的源泉にプロテスタンティズムが根付かなかった
この国の国民にも普遍的に「勤勉勤労、忠実」
という特質を見出すことが出来るように思います。
では如何にしてこのような精神が芽吹いたのか…という部分については長い間、
私的な謎であったのですが今回この武士道を読んでその精神が、
プロテスタンティズムの精神が近代資本主義に影響を与えたように
或いは明治の急激な近代化やそれ以降、戦後の高度経済成長を
支えた一助であったのかなとも私的には感じられます。





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