2015年06月12日

病牀六尺  正岡子規

近頃やけに雨が多いな…と思っていたら世間は梅雨入りしたようです。
唯でさえ、年中家で遊びや仕事やらをやっているのに加え、
最近は朝寝て夜に起きるという生活になっていたので、全く気づきませんでした。

更に近頃は日銀の行った金融緩和で市場に流れたイージークレジットが金融機関に溢れているのか、
しきりに 「御社の設備投資のための融資はいかがですか?社長ご自身は車の購入予定などはないですか?」
などという手紙や電話が銀行からやってきます。こんな超弱小経済力の極貧社長に、金を借りろ借りろと
せっついて来るくらいですから、よほど銀行には金が余っているのでしょう。 道理で円安になるはずです (笑)
僕自身はお金を借りる予定はないため、お断りするのですが、最近はそんな書類に紛れて、
私的に保有している某メガバンクの株の配当金明細の書類があったりなんかして、
誤って捨てそうになったりしていますが、守銭奴なので配当金は頂きます。もれなく。


さて、今回は司馬遼太郎氏の代表作である 「坂の上の雲」 を再読し、正岡子規という人物に興味が沸き、
彼の代表作である 「病牀六尺」 を読んだので、そのことでも書きたいと思います。


病牀六尺



子規の提唱する文学のグローバリズム。



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学校の文学史の授業で習う通り、
日本近代文学は写実主義を提唱する坪内逍遥が発表した
「小説神髄」がその始祖であり、同作品には曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」などに
伺える勧善懲悪の精神を打破するという明確なポリシーがありました。
当時の幕府は武士階級の人々には「君主に尽くす正義」を漢文、儒教を
媒介として啓蒙することで、自らの支配制度の恒久を狙いましたが、
読書階級ではない一般人には、上述の作品などに見られる勧善懲悪を
題材にして書かれた戯作文芸がそれに取り変わりました。
倒幕を目指し各藩の志士たちが政治の分野において自由を訴求し、
学問においても同様にグローバリズムと平等化を 「学問のすすめ」
などで福沢諭吉が提唱したように、文学の自由化は、
支配階級が少なからず恣意的に流布した勧善懲悪の打破を行うことで
体現された側面もあるように思うわけですが、
俳句、短歌という分野に、前述のような各分野の革新的ポリシーを内包させ、
作品として昇華させたのが正岡子規という芸術家の私的な印象です。
彼の自由主義と写実主義を象徴する場面として、
坂の上の雲 第二巻の三百三頁に於いて 「歌よみに与ふる書」 第七稿目の論を
引用した正岡子規と、秋山真之 (写真三枚目) の会話が記されています。

「あしはこのところ旧派の歌よみを攻撃しすぎて、だいぶ恨みを買うている。たとえば旧派の歌よみは、
歌とは国家であるけん、固有の大和言葉でなければいけんという。グンカンということばを歌よみは
歌をよむときにはわざわざ "いくさぶね" という。いかにも不自然で、歌以外にはつかいものにならぬ。
淳サン(真之)が水兵に号令をかけるときにいくさぶねのふないたをはききよめよというか」

「軍艦の甲板を掃除せよということか」
と真之が言うと、

「水兵が笑うじゃろ。笑うのは、結局は生きた日本語でないからじゃ」

との歌論を展開しています。更に子規論を踏まえ、旧派の主張を
「そういうことは日本文学を破壊するものだという考えは根本があやまっている」とし更に具体例を挙げ、

「むかし奈良朝のころ、日本は唐の制度をまねて官吏の位階もさだめ、
服色もさだめ、唐ぶりたる衣冠をつけていたが、
日本人が組織した政府である以上、日本政府である。」
とし、更に、
「要するに趣向の変化がなかったからである。
なぜ趣向の変化がなかったかといえば、純粋な大和言葉ばかり
用いたがるから用語が限られてくる。そのせいである。
そのくせ、馬、梅、蝶、菊、文といった本来シナからきた
漢語を平気でつかっている。それを責めると、
これは使いはじめて千年以上になるから大和言葉同然だという。
ともかく、日本人が、日本固有語だけをつかっていたら、
日本国はなりたたぬということを歌よみは知らぬ。
つまりは運用じゃ。英国の軍艦を買い、ドイツの大砲を買おうとも、
その運用が日本人の手でおこなわれ、その運用によって勝てば、
その勝利は全部日本人のものじゃ。ちかごろはそのようにおもっている。固陋はいけんぞな」


と論じています。
旧態依然としたシステムの破壊と新風の創造を模索した彼の俳人歌人としての哲学が伺えます。
当の 「病牀六尺」 に於いても、彼の活力に満ちた
批評癖から出る論調にも上述のような形式主義的な芸術性からの脱却を、
至上命題とする考えが伺え、興味深いですね。


それを加味し、現代の日本文学を考察する。



さて、時代は移ろい、現代の日本文学において、高い影響をもつ作家として知られる村上春樹氏は、
グローバル性が高い文学を用いて、世界中で支持されますが、
一方で彼のそういった文学性をあまり好意的にみていない読者や作家の方々の中に、
「日本の文学が世界で認められるのは大いに結構だが、
彼の作品には国柄というものが垣間見れない」

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とするような論がしばしば散見されます。
要は日本、そして日本人としてのアイデンティティやパーソナリティ、
言うならば土着精神のようなものが希薄だ…
というような論調なのだと拝察するのですが、僕個人として、
これは前項で引用した子規が書いた日本固有語に固執するあまり趣向の変化を妨げ、
それが文学の発展に大いに弊害となったと
論駁する旧派の歌人たちと近しい論調であると考えています。
やはり時代が変化するに従って人々が文学に要求する形態も
少なからず変化していく旨を鑑みると、懐古的な文化の中であっても、
村上氏のような作品が生まれることは至極自然な成行の現象ではないかとも思います。
遠く遙か昔、バルザックやトルストイの時代の大作家たちの作品は、
読者自身が行ったことも目にしたこともない町や田園風景を
小説を通じて知ることが出来る…という付加価値がありました。
日本で言えば、夏目漱石の短編、「倫敦塔」などにも
そういった価値を見出すことができます。
しかし、現代はテレビをつければ世界中の事象を美しい2kの映像で
見られるわけですから、文学だけが新たな価値基準を追求せず、
大衆娯楽としての存在価値を維持し続けられるかどうかは、価値基準や
娯楽それ自体が多様化している現代においては些か疑問であるように思われます。
やはり国内の一事情だけでなく、世界中の事象に毎日面接している人々には、
それに適応した文学形態が模索される潮流があっても良いのだとも思います。


支持されたのは、瀕死であるからだけでない。



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さて、話を本作品に戻します。
今回この「病牀六尺」を読んで最も感じたのは、このことでしょうか。
本作は彼が勤務した出版社から刊行される新聞に投稿された原稿群であり、
それは子規が死ぬ二日前まで書かれた、まさしく病牀生活の日記でもあるわけです。
なのでかなりの頻度で、病気による生々しい激痛の様子が記されており、
例えば欧州文学で言えばデュマ・フィスの代表作である 「椿姫」 のマルグリットのように
読者はある意味で同情を禁じ得ない側面もあるわけですが
子規自身はそういった読者の心理力学を見抜いていたのか、
自分の論調が他人から支持されるのは、自分が病に侵され、病牀から書いているからだ、
と言い、同時に病人は得だ…というようなことも言ったそうですが、
どうも読み進めていると彼の論調が支持されたのは、
そういった理由だけではないように思えてきました。
寧ろ全く逆で、死にかけているから批評に説得力を帯びたのではなく、
死病によって萌芽した尋常ではない生きる活力それ自体が
眩い輝きを持って読む人に支持されたのではないかと思います。
この点が、「肺病になりたい。肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」
四条大橋で絶叫し、本当にその後肺病を患い夭折した梶井基次郎とは印象が違います。
彼の文学は彼が望んだ通り、死との対面によって描かれたものであるという感慨が
私的にあるからなのでしょうが、何れにしても子規に関しては、
彼の体を巣食う死病それ自体は、光を生み出す道具の一つに過ぎない…
とも言えなくはなく、更に自らの作品に対する評価についても彼は目を通しており、
中立な目線でその評価に面している文章の数々には瞠目すべき魅力があります。



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posted by makomako972 at 09:03| 読書 | 更新情報をチェックする


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